肺活量は本当に必要か?

発声理論

「高い声を出すには、人並み外れた肺活量が必要だ」 「肺活量を鍛えれば、もっと楽に高音が届くはずだ」

ボイトレを始めたばかりの頃、誰もが一度はこう考えたことがあるはずです。

本日は、多くのシンガーが誤解している「肺活量と高音の関係性」、そしてなぜプロの歌手はあえて肺活量を鍛えるのかという「真の理由」について、解剖学的な視点から切り込んでいきます。

<当記事はこんな方にオススメ>
・肺活量を鍛えているのに発声の悩みが改善されない
・これから肺活量を鍛えようと考えている

結論:ミックスボイスや高音に「肺活量」は必要ない

まず、結論からお伝えします。
ミックスボイスの習得や、突き抜けるような高音を出すために、特別な肺活量は必要ありません。

日常生活を問題なく送れるレベルの肺活量さえあれば、hi音域を連発する難曲を歌い切ることは十分に可能です。なぜなら、高音発声の本質は「息のパワー」ではなく、「声帯のコントロール(燃費の向上)」にあるからです。

以前の記事で解説した通り、ミックスボイスの正体は、輪状甲状筋(CT)で引き伸ばされた声帯を、外側輪状披裂筋(LCA)で繊細に閉じ合わせることです。 この時、必要となる息の量は驚くほどわずかです。むしろ、肺活量に任せてドカンと息を送り込んでしまうと、その圧力で繊細な閉鎖が吹き飛び、声が裏返るか、それを防ごうとして喉を締め上げる結果になります。

過去記事に「ミックスボイスの習得そのものに腹式呼吸は必須ではない」という内容があります。
それ理屈は同じです。

なぜハイトーンのプロシンガーは肺活量を鍛えるのか?

稲葉浩志さん(B’z)、藤原聡さん(official髭男dism)TAKUYA∞さん(UVERWorld)などは肺活量のトレーニングを日常的に取り入れている歌手として名が上がりますが、彼らはなぜストイックに走り込みやトレーニングを行い、肺活量を維持・強化しているのでしょうか。

その理由は、彼らが「たくさん息を吐くため」に鍛えているのではないからです。
彼らの目的は、「吐く息の量を極限までコントロール(制御)するため」にあります。

TA(甲状披裂筋地声筋)の暴走を招く「呼気圧」の罠

まず、この甲状披裂筋はよくyoutubeでは閉鎖筋として紹介されていますが、厳密には閉鎖筋ではありません。
実際に高音発声に使う閉鎖筋は外側輪状披裂筋(LCA)です。
過去の記事でも紹介した通り、ミックスボイスにおける最大の敵は、甲状披裂筋(TA)の暴走です。 もし、あなたが吐き出す息の量が多すぎたり、強すぎたりすると、喉は本能的に「この強い息を止めなければ!」と反応します。この時、最も力強く働いてしまうのが、地声を司るTA(地声筋)です。

・息が強い = TAが急作動する = 喉締め・張り上げ発声

プロの歌手は、大きな肺(タンク)を持ちつつも、そこから出る息を「ミリ単位」で制御する精密な蛇口(LCAの閉鎖と呼吸筋の支持)を持っています。彼らが肺活量を鍛えるのは、強いパワーを出すためではなく、「強いパワーを飼いならし、繊細なコントロールを維持するための土台」を作っているのです。

肺活量を鍛える真のメリット:「マージンの確保」と「TAの抑止」

では、私たちミックスボイスを志す者が肺活量を意識するメリットはどこにあるのでしょうか。
それは、「一瞬のブレスにおけるリカバリー能力」と「終盤の安定感」に集約されます。

① 一瞬のブレスで「余裕(マージン)」を作る
アップテンポな曲では、息を吸う時間はコンマ数秒しかありません。 肺活量(吸気能力)が高ければ、その一瞬で肺のキャパシティに「余裕」を持たせることができます。
常に肺がパンパンに近い状態(余裕がある状態)で歌うことができれば、脳は「息が足りなくなる!」という恐怖を感じません。この心理的・肉体的な余裕が、TAの急作動(緊急時の喉締め)を防ぐ最大の防御策になります。

② 横隔膜の急上昇を防ぎ、安定感をキープする
ここが解剖学的な肝です。
歌い進めるうちに肺の中の息が失われていくと、横隔膜は一気に上へ押し上げられます。この「横隔膜の急上昇」は、連動して喉周りの筋肉を緊張させ、TAの暴走を誘発するスイッチとなります。

肺活量がある(息を保てる) = 横隔膜が急激に上がらない = TAが静かにしていられる
肺活量がない(すぐ息が切れる) = 曲の後半、無理に息を絞り出そうとして横隔膜が暴れる = TAが暴走し、声がガタガタになる

つまり、肺活量を鍛えることは、曲の後半になっても「喉をリラックスさせたまま、眉間チリチリ(LCA閉鎖)を維持し続けるための保険」をかける作業なのです。

まとめ

今回の内容をまとめましょう。

1.高音発声そのものに大きな肺活量は不要。— 大事なのは「息を音に変える効率(燃費)」である。
2.過剰な呼気はTAの暴走を招く。 — 肺活量がある人ほどコントロールする技術が必要。
3.肺活量を鍛えるメリットは「余裕」にある。— 横隔膜の動きが安定し、高音域での喉の自由(LCA主導)が保たれる。

「肺活量がないから高音が出ない」と嘆く必要はありません。まずは今ある息を大切に使い、LCAによる薄い閉鎖(眉間チリチリ)を磨くこと。その上で、より過酷な楽曲に挑戦したくなった時に、初めて「余裕を作るための肺活量」を意識してみてください。

あなたのミックスボイスは、力でねじ伏せるものではなく、余裕を持って「鳴らす」ものです。

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